「ポストイット(付せん)」ワーキング法

 

 一般には「付せん」と呼ばれますが,なかでも「ポストイット」はアメリカのスリーエムという会社が売り出した,付せんのパイオニア商品で,むしろこの名前が一般名詞になってます。もちろん,コクヨなど,日本でも文具メーカーが同様の製品を出しています。文具売り場に行けば専用のスペースにいろいろな大きさ,かたち,色,そして材質の製品が置かれています。見た目は一枚の紙切れですが,裏に接着力の弱いノリがついていて,どんなものにでも貼り付けることができ,また何回でもとったり貼ったりすることができます。

 このポストイットは,ひとりでなにか構想を練ったり,プレゼンのためのパワーポイントをつくるまえに載せたいことを書き出して構成を練ったり,あるいはメモをとるときの道具としても役立ちます。また,グループでディスカッションするときにも心強い味方となってくれます。
 なぜポストイットを使うと良いのか,以下で紹介していきます。

 

ビジュアル化による事前構想

 学生さんであればこれまでを,あるいはビジネスをしておられる方であれば,その昔学生だった頃を思い出してみてください。レポートを書いたりテストを受けたりしたとき,いきなり文章をつらつら書くことが多かったのではないでしょうか。あらかじめ全体の構図をしっかり決めてから書いたでしょうか。
 とりあえずいろいろ書いたけど,後から見ると自分で書いたのになんだか意味がわからなかったり,段落の間がつながっていなかったり,あるいは書いている途中で自分でもなにがなんだかわからなくなってきたことはないでしょうか。場合によってはそのことに気づいていない こともあるかもしれません。しかし,職業柄,レポートを読ませていただくと,このような問題を抱えた文章がひじょうに多いのです。他人が読めば,事前にちゃんと構想して書いたか,あるいは適当に書いたかは一目瞭然です。実は学生だけではなく,社会人の方の文書を見てもそんな感じになっているケースをよく見ます。
 自分のためだけならいざ知らず,他人になにかを説明したり,それによって説得したりしなければならないとき,大学のレポートやテストのようなやり方,内容では いかがなものでしょうか。自分で問題の在処をつきとめ,解決を考えるときもそうです。できるだけ思考・発想をビジュアル化 ,構図化することを心がけるようにしたいものです。そこでポストイットです。
 わたしは 本や論文を読んでその要旨をまとめるとき,プレゼンテーション用の資料をつくるとき,論文をつくるときは,必ず最初にポストイットに項目などを書き出し,いろんな変更をしながら最終的な構図をまとめ,そのうえでワープロで文書化したり,パワーポイントを作成するようにしています。参考に,一例を 左として掲げておきます。これはある本の内容をポストイットで構図化したときのものです。
 

 特に,プレゼンテーションでは,最初にこのような作業をしておいた方が後々話をすることが頭に残りやすくなります。言い換えると,あとで触れますが,台本からの親離れが早く進むのです。これはプレゼンテーションのところで詳しく話しますが,逆にこういう構図づくりを怠ると,パワーポイントまでもが文章ばかりの醜いシートになってしまいます。
 

 

 

 


 

 

ポストイットのメリット―自由にカット&ペーストできるコト

 ポストイットを使って構図をつくるという作業は,まずはポストイットという小さな紙切れに書き込むことから始まります。ということは,このステップで話のキモになるコトバを選んでいることになります。台本からの親離れが早く進むのも,このキモになるコトバをこの段階で押さえているから だと思います。
 つぎにそれを構図化します。具体的には,ポストイットを紙の上に並べて見やすくしていきます。これは,選んだコトバの間のつながりをつくっていくことにほかなりません。「○だから△になる」「○をすると△が生まれる」といった原因と結果の関係を表現したり,「○のなかには4つの△がある」といったように上下関係を表現したりする 。こういう作業が構図化です。これもまた,自分が言いたいことをつながりから自然と理解していくことになるので,やはり頭に入りやすいでしょう。
 そして,こういう構図をつくるときのポストイットの良いところは,つけかえ,とりかえが簡単にできるところにあります。
 たとえば,「○だから△になる」「○をすると△が生まれる」といった原因と結果の関係を表現するときのことを考えてみましょう。はじめは「事柄CはAとBが原因で起こったんだ」と思ったとします。それはポストイットを使って簡単に表すことができます。ところが,よく考えると,CとBが原因でAが起こった,しかもCはまた別のDを原因に起こった ,という考えになったとしましょう。
 この変更をいちいち紙に書いていたのでは直すのが大変です。でもポストイットなら配置を変え,線の位置と方向だけ変えれば良いだけです。つまり,ポストイットを使っていれば,構想の途中で変更が必要になっても,ごく簡単なカット&ペーストをすれば良いだけです。
 そもそも,こういう構想自体をしていなかった場合は論外であるとして,もし同じような作業を紙に直接書いていたら,どうでしょうか。消えないペンで書いていたら一からやり直し,シャープペンであっても消しゴムでいちいち消して書き直しです。これでは途中で 思考が中断してしまいます。人間はもともと面倒なことは嫌いであり,こうなると考えること自体がイヤになってやめてしまいます。その分は出てくるアウトプットもまた,クオリティの低いものとなります。
 もちろん,こういうことはひとりで考える場合に限りません。何人かが集まって,グループワークをするときも,まったく同じです。この場合は,ホワイトボードや模造紙を使い,そこに大きなポストイットを使って貼り付けていけば良いわけです。こういったグループでのワーキング用に,ポストイットには 左上のような大判タイプ(127×76_)も用意されています。
 

 

 


ポストイットのメリット―全体を―覧できるコト(パソコンに対する強さ)

 あと,こういう場合と比べておくことも重要かと思います。それはパソコンを使って構図をつくるというやり方との比較です。このやり方に対しても,ポストイット・ワーキングはメリットがあ ります。いまではポストイット・ワーキングのようなことをパソコン上で簡単にできるソフトウェアがいろいろと販売されています。しかし,あくまでパソコン上なので問題があるのも事実です。
 それは「一覧性」です。いろいろ考えて構図をつくっていくと,どんどん図の範囲が広がってきます。ところが,この作業をパソコンでやっているとイライラしてきます。なぜなら,画面の大きさ (ディスプレーの縦横のサイズのことです)という絶対制約があるからです。画面の大きさを変えることはできません。そのなかで全体を見るとしたら,縮小表示 するという方法がありますが,字が小さくなり,眼が疲れてしまいます。かといって,縮小せずに見えない範囲をいちいちスクロールしていくのも面倒なことです。 これはいずれも思考をストップさせてしまう障害です。
 一方で,ポストイットを紙に貼っていく場合,その心配はありません。はみ出したら同じ紙をテープでつければ領域が即座に倍になります。重要なのは,構図をつくる場合,常にそれを全体として眺めながらでないと うまく進まないということ,さらには全体を眺めることで,気づかなかった新たな視点やアイディアが浮かんでくることが多いという点です。ポストイットを使うやり方には,一覧性 にもとづくメリットがあります。



問題の発見と構図化―WBC

 ポストイット・ワーキングは,プレゼンテーションの準備作業用に使えるだけではなく,それよりももっと根底にある,ビジネスをめぐる問題・課題の構造を明らかにしたり,そこから解決策を考えて行くにあたっての道具にもなることを強調しておきたいと思います。
 ビジネスの問題はひじょうに複雑に見えます。しかし,多くの問題は表面的なもので,それらをたぐっていくと,ほんのわずかな根本的問題にたどりつくことが多いのです。 枝葉のように根本的問題がいろいろな表面的問題に派生しているのです。ですから表面的な問題の解決に力を注いでも対処療法なだけであって,根本的問題を真正面から捉えない限り,真の解決にはなりません。
 また,そもそもいったい何が問題なのかがわからない,しかし表面的には確かに良くない症状が出ている,ということもよくあるものです。 こうした場合,わたしたちはしばしば会話のなかで「難しいねえ」とつぶやき,そこで話を止めてしまうことがあります。言い換えると,そこで思考をストップさせてしまうのです。「難しいねえ」というつぶやきは,そのための納得ワードになっているようです。しかし,ここで思考を止めることなく,表面にある問題をとりあげ,そこから真の問題にアプローチ していく。そのうえで有効な解決策を導き出す。そのための有用なツールとして,ポストイット・ワーキングがあると考えます。
 ここで紹介しておくのは,こうした問題・課題を明らかにするためのポストイット・ワーキングで,「WBC」と呼ぶものです。WBCとは「Why-Because Continuation」を略したもので,わたしがビジネススクールのゼミでこの方法を提案したときに,ゼミ生のひとりが名付けてくれ,以降はこの名前を使っています。 思考法自体としては,ちまたではかの有名なトヨタ式「なぜなぜ5回」として知られているものです。
 意味は読んで字のごとしです。「なぜ?(Why)」を問い,それに対して「答える(Because)」。最初のなぜに対する答えが出ると,さらにその答えに対して「なぜ」を問います。このような「繰り返し(Continuation)」をするのです。
 このような繰り返しをしていくと,出だしの疑問は違っていたのに,行き着くところ,つまり理由が同じであることがわかったり,問題に対する理由(原因)がまた別の問題を生み出し,その問題に対する理由が別のものであり,しかし整理してみると,それは一種の循環構造をなしていることがわかったりします。つまり,問題の構造・構図がクリアーになるのです。これがハッキリしないのに解決しようとあがいて いるから,無駄があったり非効率であったりします。しっかりとした問題解決には,まずは問題の正確な把握が必要です。そのために,ポストイットを使ってWBCを行っていきます。ここでポストイットを使うメリットはすでに上でお話しした通りです。
 なお,WBCはなにもビジネスだけに使うものと考えないでください。日常生活でも使えます。 むしろ,こういうことは身近な問題から使っていくのが早道です。なんでもそうですが,やっていくことでどんどん慣れていきます。ちなみにわたしの教え子のなかには,その威力を知ることで,いつでもワーキングができるようにポケットにいつもポストイットをしのばせているような猛者?もおります。

 


グループワーキングとポストイット

 以上は,個人で行うポストイット・ワーキングが有効であることをお話ししたものですが,企業では実際のミーティングや研修といった場でも,同じようなやり方でワーキングすることをお勧めします。最近は学生もグループワークをする機会が増えてきていると思いますが,そこでも使ってみてください。
 グループワークは時間の限られたなかで行われることが普通です。なかには合宿など,十分な時間をかけてじっくりとワーキングできる機会もあるとは思いますが,そのような機会は稀だと言えます。したがって,グループワークはできるだけ効率的に進め,かつより良いアウトプットを出すことが重要です。
 そこで,グループワークでは「大判のポストイット」を利用した「見える化」を行うと良いでしょう。
 グループワークの場合はホワイトボードを使うことが多いと思いますが,できるだけホワイトボードに直接書き込まないようにした方が良いでしょう。個人レベルでのワーキングと同様に,直接ホワイトボードに書き込むと,書き直したりするのに時間がかかったり,そもそも書き直すことが面倒になったりします。また,スペースが足りなくなってしまうこともありえます。一方で,ポストイットに書き込んでホワイトボードに貼っていくことにより,追記が簡単にできる ,削除(消去)が簡単にできる,項目の入れ替え・組み直しが簡単にできる, といったように,アナログでありながら,カット&ペーストがホワイトボード上で自由にできます。
 とはいえ,1枚のポストイットに細かい文字でゴチャゴチャ書き込んでしまっては意味がありません。書き込んだポストイットの数が増えることを心配しないで,1枚に大きな文字で書き込み,見やすくすることを心がけましょう。 さきほど述べた「一覧性」という点からも,ここは重要です。
 また,ホワイトボード用のマーカーにはいくつかの色があります。複数の色を用意して,基本は黒とし,見出しには青や赤を使うというように,色を分けると,わかりやすくなります。 マーカーの色ではなく,ポストイットの色によって分けることもできますが,最近は色のバラエティがだんだんと減ってきている気がします。基本は薄めの黄色か桃色です。

 さて,グループでのワーキングをどのように進めるかですが,ここでは「できるだけたくさん」「年齢や職位に関係なく,自由に」アイディア・意見を出したいという場合の方法を書いておきます。
 このように,いわば「種」を広げることを主眼としたワーキングの場合ですが,いきなり「じゃあ自由に出していきましょう」と言っても,メンバー同士がまだつきあいも浅かったり,年層や職位の差が大きかったりすると,なかなか自由にとは行かないと思います。
 そこで,まずは10〜15分ほど,各自で考えてきたことを黙々とポストイットに書き込む時間を設け,とにかく個人個人でアイディアや意見を「出し尽くす」ようにします。そうして各人がある程度の種を出したところで,順番にホワイトボード上にポストイットを貼り出し,しかるのちに整理していく 。こんなやり方をお勧めします。そうすることでホワイトボード上には全員のアイディア・意見が貼り出されることになります。また,仮に複数の方から同じ種が出てきたとしても,ポストイットを重ね貼りしていくことで,やはり全員のアイディア・意見が貼り出されることになります。このように,ワーキングでは「みんなでやった んだ」ということを見える化するのも,チームワーク感を醸し出すことにつながります。
 なお,最初に個人で種を書き出す時間は10〜15分の範囲で厳守し,時間が来たらポストイットを貼り出していくことが有効です。全体の足並みを揃えるために,あまり個人の書き出し時間を長くすべきではありません。確かに,出せる種の数には個人差もあるでしょう。しかし,ほかのひとが出した種が貼り出されていくプロセスで新たに種を思いつくことも多々あるものです。その場で思いついたこともどんどん書き込んで貼り出していくことで,種の数が増えていきます。

 以上は,ポストイット・ワーキングのベース的なメリットに関するお話でした。しかし,このスタイルでの作業は構想段階だけではなく,プレゼンテーションの準備をするときもいろいろなメリットを持っています。それについては 別のページでご紹介します。