Webmaster's Research in the Past  イノベーションとマーケティング(2)     2014.7.7改訂終了

 

 

 エンジニアの方に,つぎのような質問をしてみましょう。

@技術というのは,いったいなんのためにあるのでしょうか,なぜ必要なのでしょうか。
Aいったいなんのために,わたしたちは技術について研究するのでしょうか。

 この質問に対して,どう答えるでしょう。これをもっと具体的にすると,過去にさかのぼって,こんな質問になります。

Bあなたはなぜ大学の工学部(院もふくむ)に進学したのですか。
Cなぜ工学のなかでも,○○工学(あなたが在籍している学科や系)を専攻とされたのでしょうか。

 これに対する回答は,恐らくは@やAとはそれほど関連していないのではないでしょうか。たとえば,「昔から,数学(や理科)は得意だったけど,国語が苦手だったから」「理系から文系の受験はありえても,逆はなさそうだったから(つまり,理系の方がつぶしが効きそうに思えたから)」「オープンキャンパスに行ったとき,たまたま模擬講義であった○○工学の授業が面白かったから」「いろいろ受験したけど,合格したのがそこだったから」…。
 このような回答の特徴は,技術について学ぶ理由が,あくまでも「自分のため」にあるということ,内容が自分中心・自己本位であるという点です。言い換えますと,そこにはだれか,ほかのひととの関わり合いという視点がありません。
 しかし,このような理由をここで批判しようとしているのではありません。わたし自身,大学は経済学部の出身ですが,ではなぜ経済学部に行ったのか,いま思い起こしても明確な理由は出てきません。大学受験のときに,経済学とはどんな学問かについてもぜんぜん知りませんでしたし,調べることもしませんでした。せいぜい,「つぶしが効きそうだから」くらいしか思いつきません。いまにして思えば,不埒なことです。
 ですが,そんな現実をいったん棚に上げて,ここから先は別の視点で考えてみます。
 なぜ○○技術の研究をしている,しようとするのでしょうか。確かに,その技術を研究すること自体は,そのエンジニアのためでしょう。まず,やってみると,研究していること自体が面白いのかもしれません。将来,会社に入って引き続き技術の研究をするのであれば,いまの研究は,将来会社で仕事をするためのベースにもなるでしょう。そして,仕事の見返りとして,給料をもらうことができます。
 見方を変えれば,その技術,あるいはそれを研究するひとを必要とする会社があって,そんな会社のニーズにエンジニアが応えます。ここに,自分のためだけではなく,他者(会社)のためという考えが出てきます。
 しかし,ここではそれとはまた別の「他者」に注目したいのです。すなわち,技術やそれを研究することが,自分や自分を雇ってくれる会社以外のだれに役立つのかという視点で考えてみたいと思います。自分が研究している技術を使ってくれるのは,いったいだれなのでしょうか。
 ここに,もう1つの他者として「お客さん」というプレイヤーが姿を現します。お客さんは,エンジニアが関わっている技術をなにかの目的で使ってくれるひとのことです。すると,どうでしょうか。エンジニアはお客さんという他人のために,技術の研究や開発をしていることになります。「世のため人のため」というコトバがあります。大げさかもしれませんが,技術の研究・開発をするのは,世のため人のためなのです。
 大学や大学院で技術の研究をした方も,その多くは会社に就職して,今度は仕事として技術と関わっていくことになります。会社に入る,あるいは社会に出るまでは,学生として技術の研究をしていました。これが会社に入ったらどういうことになるでしょうか。当然でしょうが,エンジニアに対して会社がお金を払ってくれます。では,会社がみなさんに給料を払うのはなぜでしょうか。簡単に言えば,エンジニアに「見返り」を求めているからです。
 この「見返り」が大事なところです。会社の一員として技術を研究してもらい,それを商品にします。それをお客さんに提供することで,会社はお金を得ます。しかし,そのためには別途お金がかかります。お給料もその1つです。ここで,かかったお金よりも,お客さんから得られたお金の方が多ければ,どうでしょうか。
 お客さんから得られたお金が「売上」,そのために会社がかけたお金が「コスト」であり,「売上−コスト」がプラスの値になったとき,その分が「利益」です。およそ会社というのは,この利益を得るために活動する組織です。
 これをあらためて技術を研究するエンジニアの問題に戻してみましょう。
 大事なことは,お客さんがその会社の商品を買ってくれたというのは,言い換えると,その商品にこめられた技術に対してお金を支払ってくれたということです。ただし,これは結果論です。時間を戻して考えると,このことは,技術の研究をする場合は,お客さんがお金を支払って買ってくれるようなものでなければならない,ということを意味しています。こうして,会社に入ると,エンジニアは利益を生み出すビジネスという枠組みのなかで,技術の研究・開発を進めていくことになります。
 では,お客さんがお金を払ってくれるような技術,もっと言えば利益につながるような技術とはどんなものなのでしょうか。どのようにして,そんな技術を,ひいてはその技術を使った商品を構想していくのでしょうか。ここで,「お客さんがお金を払ってくれる」技術を生み出すという,会社で働く人間としてのエンジニアの問題と,「世のため人のためになる」技術を研究する学生としての問題は共通してくるのです。

 とはいえ,じゃあ「およそビジネスではお客さん目線に立つことが大事です。だから技術を研究する方々も,マーケティング論の授業・研修を聞いてみたり,テキストなどを読んでみたらいかがでしょうか」というメッセージを発したとして,エンジニアの方の気持ちに響くのでしょうか。
 そこに疑問があるのです。なぜかというと,そうした講義や本というのは,聞き手・読み手として「技術の研究・開発を仕事にしている方」を明確に設定し,そのニーズに応えようとしているわけではないからです。
 確かに「マーケティング」の知識体系では,「いかにお客さんの目線でビジネスを考えていくか」が重要であるとし,そのなかにお客さん目線での技術や商品の構想もふくまれています。ですが,マーケティング論はそれだけではなく,商品をどのように販売していくのか,お客さんに向けたいろいろな活動も対象にしています。会社で言えば営業活動や販売促進活動などです。
 なので,もしエンジニアの方がマーケティング論に触れれば,もちろんそこにはすぐにでも役立つような話も少なからずあります。しかし一方で,一見すると「これって自分には関係ないなあ」と思ってしまうような話も多々あります。
 ほんとうはそんなことはないのですが,ことに技術の研究をはじめて,それほど時間がたっていない方からすれば,「ご自分の仕事をより充実させるためにマーケティング論が役立ちます」と申し上げても,それを実感してもらうためには,技術や商品の構想,開発という仕事に,マーケティングの知識体系のどれがどのように役立つか,チューニングして提示する必要があります。

 このように,企業向け教育という現場で,そのためのチューニングを行う必要性を感じるようになったわたしですが,そのための作業をいろいろ進めてみると,マーケティングとイノベーションの関係について,見えるところがでてきたのでした。そして,それを実務家,特にエンジニアに向けてとりまとめたのが,『「コト発想」からの価値づくり―技術者のマーケティング思考』という本でした。