Webmaster's Research in the Past 中国市場戦略(2)     2014.6.10改訂終了

 

 中国ビジネスの研究から得られた知見のなかで,わたしが最終的にとりまとめた部分をミネオグラフとしてアップしておきます。以下の文章自体は公刊されたものではありませんので,知財上の問題はありません。なお,書かれたのが2000年頃ということで,当時の情報としてご了承下さい。



 中国という国は日本企業にとって国際競争の震源地である。その意味は2つある。
 1つは,グローバルなプロダクション・センターである。「世界の工場」と呼ばれるが,これは中国という国が国際競争を展開するうえでのベースであることを意味する。
 2つめは,成長するマーケット・センターである。中国は「20世紀最後の巨大市場」と言われてきた。それを求めて世界中の企業が参入するとともに,台頭する中国企業がくわわって,異種入り乱れた空中戦が繰り広げられている。
 これら2つの顔を持つことから,中国を「グローバル競争の縮図」と表現する実務家も多い。
 しかし,WTO加盟というエポック以降,2つめの顔が大きくクローズアップされてきたなかにあって,かねてからマーケットを手中に収めようと進出した日本企業は,中国市場が期待とは異なった厳しい姿を持っていることをいやというほど味わってきた。つまり,中国市場をあてこんだビジネスは,多くの日本企業にとってたいへん難しい仕事になっている。なかでも「債権回収問題」は,中国での内販を話題にすると必ず上位に上がる問題である。
 ここではまず,債権回収問題とは何かを整理したい。なぜなら,この問題はしばしば誤った見方で捉えられているからだ。ここで言いたいことは,この問題が競争力,市場戦略の問題であるということだ。つまり,中国の特殊な問題としてのみ片づけるべきではないし,売った後に起こる事故処理の問題と捉えたり,回収問題そのものにフォーカスを合わせた狭い対応をとると行き詰まるのである。現にそのようなケースがよく見られる。
 「回収は販売の鏡である」。販売の現場では古くから言われてきたことだが,中国でもまさにその通りである。回収問題とは中国市場戦略そのものの鏡であり,戦略展開の入り口になる。それを明らかにすることで,この問題の性格から一歩進めて,どのように対応すべきかについて大切なポイントが見えてくるのである。


債権回収問題とは―拡販と回収のトレードオフ問題

 一見するとこの問題は,流通業者やユーザーが指定期日になっても製品の代金を払ってくれないことである。つまり,製品の納品と代金決済の間にタイムラグ(サイト)ができるような取引をするから起こる問題だ,ということになる。
 だとすると,この問題を解決すること自体は難しくない。なぜなら,現物を納品したのに代金が払われないのが問題なのだから,相手が払わないなら製品を渡さなければよいのだ。つまり,納品と決済をほぼ同時期に行うアップフロント,キャッシュオンデリバリーで取引を行えば良いのである。
 しかし,これでは視野が狭すぎる。回収問題というのはその先にあるのだ。
 こういう取引スタイルは債権回収の特効薬だが,薬と同じように副作用を持つ。それは商いが広がらないことだ。つまり,回収と拡販の間にはトレードオフの関係があって,それが取引条件と結びついている。最初に「一見すると」と言った理由はここにある。
 ここから,回収問題とは大きく2つのパターンからなることがわかる。それをフレームとして整理すると【図1】のようになる。
 この図は,進出企業がある時点で直面する状況を示したもので,販路あるいは顧客の広がり具合という軸と,回収問題への対応の進み具合という軸を組み合わせたものである。この場合,回収問題への対応とは,アップフロント,キャッシュオンデリバリーといった取引(決済)条件を使うことである。
 ここから4つの状況が出てくる。
 状況(V)から見てみよう。これは,販路は広がっているが,回収への対応は進捗していない状況である。成長する中国を求めて進出し,それをわがものにしようと売り先を広げた。ところが随所で回収のディレイやデフォルトが発生してしまっている。そんな状況だ。
 


【図1】 債権回収問題の状況フレーム

 この場合,同じ売上高といっても発生ベースと実収ベースの金額に差が出る。売り先を広げたことで,まずは発生ベースの売上高は伸びる。だが,回収対策を講じていないために後になってディレイやデフォルトが発生し,実収入とかみあわない。これが深刻になると資金ショートが発生する。
 (U)は,現地で拡販を進めたいと強く思っていても,回収に不安があることから思うに任せて進めることができない状況だ。まさに回収問題が販売展開を制約している。
 たとえば,回収が確実な顧客や流通業者としか契約しないようにしたり,アップフロントや短サイトでの契約しか結ばないようにする。ところが,これでは商いが広がらないという副作用が出る。この状況では,売上債権回転率や売上・債権残高伸率の比率といった回収パフォーマンスは良好となる。しかし,商いの広がりを示す売上高や市場シェアに不満が出る。ここは次節で詳しく説明する。
 多くの日本企業が直面しているのが状況(U)か(V)であり,ここから回収問題が中国市場戦略上の深刻な問題としてクローズアップされているのである。


債権回収問題とは―競争問題

 では,なぜ回収と拡販はトレードオフになるのだろうか。そのロジックは特殊なのものではない。
 消費財を例にしよう。メーカーにとって販売チャンスを広げるには,小売店頭に製品が露出している必要がある。また,小売店舗に十分な在庫がなく,品切れ状態になることで販売チャンスを逃すこともある。店頭に製品がなかったら,消費者は在庫のあるライバル製品を購入する可能性が高い。この売り逃しが自社のパフォーマンスに跳ね返る。これに対処するには,流通業者に製品を積極的に仕入れてもらう必要がある。
 ここに取引条件が絡んでくる。決済条件を緩めることはその有力な手段となるからだ。
 さらに,製品の売れ行きには違いがあり,これが流通業者やユーザーの調達政策に影響する。つまり,市場での販売動向が明らかにメーカーと流通業者,ユーザーの力関係に影響する。
 同じく消費財で見ると,市場で優位なポジションにあるメーカーは,流通業者の販売チャンス・ロスを盾に強気の決済条件を設定できる。逆に劣勢にあるメーカーや後発メーカーにとっては,販促手段として決済条件を緩める必要が高くなる。自社のポジションを高めるため,とにかく製品を売り込みたい。支払に若干のディレイが発生しても一時的,局所的なアクシデントで片づけようとしてしまう。
 しかし,一度それを許すとズルズルと引きずられて慢性化し,次第に未回収金額が増加していく。これを「拡販の罠」と呼ぼう。【図1】の状況(U)は,まさにこの拡販の罠にはまった状況を表している。
 アップフロントやキャッシュオンデリバリーといった取引は,確かに回収を確実にする手段ではある。しかし,それは買い手にとって厳しい条件だ。そこで買い手としては取引をあきらめたり,購入ロットをおさえたりしようとする。あるいは買い手が条件のゆるいライバルと取引をしてしまうかもしれない。これは売り手にとってチャンス・ロスにつながる。かといって条件をゆるめると,「とりっぱぐれ」が起こる可能性が出てくる。
 さてどのようにしたものか―これが回収と拡販のトレードオフあるいはジレンマであって,明らかに競争問題である。
 しばしば回収問題は,売ったあとに起こるドロドロした問題と見なされる。実際にディレイやデフォルトが起こったとき,法律ではどうなっているのかというニーズが多い。これは,中国ビジネスの法律相談セミナーで必ずとりあげられていることからもわかる。
 だが,この問題は売った後に起こる町金融的な話ではないし,事故処理の問題でもない。競争を反映した拡販と回収のトレードオフ問題であり,マーケティング戦略の問題なのである。まずはこの点をしっかりと認識すべきである。事故が起こってからどうするかを考えても,そのときにはもう手遅れと思った方がよい。そもそも,そんな処理のために年間1,000万円以上もかけて日本から人材を派遣するというのは,人的資源やコストの浪費だ。
 我々の課題とは,いかに状況(T)にシフトするか,つまり拡販と回収を同時に達成するためにはどのような考え方を持ち,どのような戦略を立てて実行するか,これを突き詰めることにある。売れる仕組みと回収の仕組みをいかにリンクさせるか。営業現場でよく使われる言葉に「回収は販売の鏡だ」というものがある。中国でもこれは基本方程式だ。多くの日本企業はそのメドが立たずにいるが,なんとしてもここをクリアーしなければ「20世紀最後の巨大市場」をつかむことはできない。つまり,債権回収起点の中国市場戦略を突き詰めて行かねばならないのである。


債権回収問題とは―相手にお金があってもなくても起こる問題

 では,なぜ回収問題が起こるのだろうか。言い換えると,納品と決済の間にタイムラグがあるような取引をしたとき,どうして中国では買い手が代金を払わないのだろうか。これを見ていくと,回収問題は買い手にお金があってもなくても起こる問題だということがわかる。

お金がなくて「払えない」
 家電や二輪車など,比較的早くに市場が立ち上がった業界では,市況の悪化が起こっている。「20世紀最後の巨大市場」とまで言われるのに,それはどういうことか。
 ここでいう市況の悪化とは,市場というパイが縮小したことではない。市場の成長に合わせて供給が拡大したということである。
 例として家電業界を見てみよう。この業界では外資系企業のみならず,中国企業の台頭に著しいものがあった。単に多くの企業が製品をつくりだしただけではない。品質も急速に向上してきた。
 ここから展開したのが増産競争であった。成長するマーケットをわがものにするため,各社は設備投資を積極的に行った。この結果,次第に需要を供給が上回る状態になっていった。そのプロセスで価格競争が激しくなっていく。店頭価格の下落はますます購入者を惹きつける。結局,各社の予想をはるかに上回るペースで購買が一巡し,製品在庫がダブついていったのである。
 末端消化のペースがダウンするなか,店頭価格の下落により流通マージンが薄くなる。在庫がはけない分,回収は遅延する。資金的な体力が弱く,なかには市況悪化で倒産し,日本企業にデフォルトをもたらした業者もある。
 深刻なのは,こうした最終市場での市況悪化が,上流へ上流へと連鎖的に飛び火することである。たとえば,回収問題に直面したアッセンブラーが,調達した部材の支払いを滞らせてしまい,部材サプライヤーがさらに回収問題に直面するといった具合である。
 このような「恐怖のフロー」が回収問題の大きな理由になっている。重要なのは需要と供給の「バランス」なのだ。

お金があるのに「払わない」
 市況の悪化は確かにサプライチェーンを逆行するように回収問題を引き起こす。しかし,すべての企業が資金ショートに陥っているわけでもない。流通業者間であろうがメーカー間であろうが競争力の格差があり,経営が良好な企業もある。実は,売り先に対しては厳しい取引条件をつけてきちっと回収しているのに,調達先にはなんやかんや言って支払いを先延ばししようとする企業がいる。お金があるのに払わないのだ。なぜだろうか。
 第1に,支払いに回すはずのお金が,まったく別の目的に使われていることがある。つまり,本業から離れたところで収益を上げようとして,ここに支払いにまわされるべき資金を使っているのである。中身はいくつかある。
 まず,資金不足にあるほかの企業に貸付けて,利ざやを得ようとする。金融商品に投資している場合もある。また,支払いを遅らせることで同様に利子を得ようとする。支払いを先延ばしできればできるほど,利子が付いてその会社のお金が増える。うまく支払いを延ばすことができれば,その担当者が英雄扱いされることもあるのだ。言うなれば,他人のお金を使って蓄財しているようなものだ。
 第2に,支払に責任を持つ取引先担当者が退職したり,人事異動で他部門に移ったことで責任が曖昧になることがある。要するに「わけがわからなくなった」のだ。契約・請求書を提示すれば後任者が履行手続きをとるのがふつうだ。しかし,後任者が責任を回避し,前任者と交渉するよう求めてくる。「俺は知らん。それは前任者の案件だ。そいつに聞け」とくるのである。
 第3に,自社と取引先の担当者の性格不一致が理由になることもある。要するに「あんたは気にくわん。払わんぞ」という,夜中の飲み屋で起こるようなことだ。これが白昼のビジネスで起こることがある。
 かくして,回収担当者と支払担当者を中心に押し問答が繰り返される。ついには人民法院への提訴寸前でようやく支払ったり,直接担当者レベルから,マネジャー・レベルに話が上がり,そこでようやく解決される。最後には払ってくれたとしても,担当者はそれだけで神経をすり減らすことになる。
 一時期はこうした問題への対策として,「屈強な男たち」を雇って納品した商品を強制収用したり,ほかの現物で回収するなどという荒技も使われた。だが,この方法が万能でないことはすぐにわかるだろう。暴力沙汰になってしまって刑事問題にまで発展したケースもある。
 現場の担当者が「お金はあるのに,なんやかんやで払わない」というとき,その背後にあるのがこうした理由だ。現場にいる日本人マネジャーの苦労は察するにあまりある。繰り返すが,このような要因で起こる問題にその都度日本人があたるというのではストレスがたまる一方だし,人的資源の機会損失だと言わねばならない。


債権回収問題とは―社内体制の問題

 これまでの話からすると,あたかも取引先,言い換えれば中国企業に問題があるように思われるが,それだけではない。もう1つ取り上げておかねばならないことがある。それは日本企業の中国事業をめぐる社内体制だ。
 「中国人営業マンに回収に対する意識が欠けている」。
 「売ることは売るが,回収ができない営業マンが多い」。
 日本企業からはこのような嘆きをしばしば耳にする。当たり前だが営業マンは自社の人材である。そして彼らは中国人である。しかし,その中国人人材を起点として回収問題が起こっているという話がある。
 こうすると,確かに社内体制の問題と呼ぶことはできるが,結局は中国自体の問題のように捉えられてしまうだろう。つまり取引先の問題と同じで,「中国という国,中国のひとびとがおかしいのだ」というような,乱暴な話になってしまう。しかし,このような問題の立て方は,ややもすると単なる中国特殊論に落とし込まれてしまう危険がある。
 何が欠けているかというと,どこの国であっても「人材は育てるものだ」という発想である。そうすると,この問題の立て方はおかしいことがわかってくるし,なぜ中国での販売でうまく行くところと行かないところが出てくるのかを解く大切なポイントが見えてくる。
 回収に対する意識が欠けているなら,それを植えつければ良い。回収ノウハウがないならそれをたたき込めば良い。だが,これが多くの企業にとって容易ではなかった。さきの需給要因と関連づけて整理してみよう。
 流通業者を含め,顧客への営業では拡販と回収にトレードオフがある。実際に個々の顧客と折衝しているのは営業マンたちである。そんななか,回収問題に直面した企業を洗っていくと,次のような動きをとってきたケースがよく見られる。
 まず,市場が急激に伸びてきたところでは,とにかくチャンス・ロスの回避を重視して,売上実績にウェートを置いて営業マンを評価したり,営業マンの間に極端な給与格差が発生しないような評価スタイルをとっていた。
 つまり,広がるパイをできるだけ掌握したい。そこで「とにかく売ってこい」と営業マンを叱咤する。それをもって彼らを評価するわけだ。営業マンからすると,売りを重視した評価は会社サイドが自分に期待する強力なシグナルであって,そのアクションを決める。そこで彼らはひたすら売り歩く。
 しかし,回収に対する意識が欠けていれば,支払遅れがどんどん出てくることになるだろう。まして家電業界のように,次第にモノ余りの状態になってくると,事態は深刻になってくる。
 そこで,こんどは「回収をちゃんとしろ」というシグナルを出すようになる。つまり,売り一辺倒の評価から回収実績で営業マンを評価する体制にシフトするのである。営業マンは,「こんどは客からちゃんとお金をもらえたかどうかで自分が評価される。回収をちゃんとしないといけない」と思うようになる。
 確かに,給与にリンクした評価基準を操作することで回収への意識を高めることはできるだろう。しかし,それだけだとこの先は2つのシナリオのいずれかになりがちである。
 1つに,回収を重視するために,こんどは売りの勢いが衰える。営業マンの拡販ドライブがそがれてしまうのである。したがって,それは売上伸び率の鈍化になって現れる。
 2つめに,「回収をちゃんとやれ。そして売りも上げろ」とプレッシャーをかけると,どうすれば良いのかわけがわからなくなり,多くの営業マンは動けなくなる。つまり現場に混乱が起こる。
 ここまで来れば,営業現場で起きることは,すでに説明したロジックと一致することが見えてくるだろう。すなわち,拡販と回収のトレードオフは,この営業マンという会社の人材それぞれを舞台に起きているということである。そして,それは彼らに対する会社の評価スタイルを媒介にして現れているということ,ほかになにもせずに評価スタイルに頼っていても,このトレードオフは解決されないということ,これである。
 にもかかわらず,このようなシナリオに沿って行き詰まってしまった企業が少なくない。これは,【図1】で言うと,状況(V)から(U)へのシフトが個々の営業マンを媒介にして起こったことを示している。
 もちろん,これだけできちっと動ける営業マンもいるだろう。だが,そんなスーパー営業マンは多くないはずだ。そういう人ばかりなら,そもそも端から問題が起こることもなかったはずである。できるだけ多くの営業マンに拡販と回収両方をしっかりやってもらうには,我々日本人がもっと彼らに働きかけねばならなかったのだ。
 「回収に対する意識が欠けているなら,それを植えつければ良い」。
 これは評価スタイルというシグナルを発信すれば伝達できる。しかし,そのうえで営業マンは何をすべきなのか,それがわからないのだ。だから「回収ノウハウがないなら,それをたたき込めば良い」となる。ところがここまで徹底的にやっている企業は多くない。
 なぜか。なによりも,我々日本人がそのためのノウハウを持っていなければならない。そして,それを一人一人の中国人営業マンにたたき込まねばならない。
 これは我々日本人に巨大なエネルギーを要求する仕事だからだ。


「草の根的」中国市場オペレーション

 回収と拡販を同時に達成するための方法とは,どのようなものだろうか。
 社内営業体制づくりという,足下を固める地道で忍耐強い仕事を行うことである。ところが,一言でくくってしまうと,それはあまりに「当然」と思われることだ。だが,「そんなの当然だ」と感じた方は,是非とも現場の実状把握をもういちどして欲しい。その当然のことが,どれだけのエネルギーを要求するか,実行の難しさを見いだすことになるだろう。そして,ここが各社の創意と工夫の見せ所であり,扇の要としてノウハウが凝縮されているところだということがわかるだろう。
 営業を統括するため,駐在員として中国に派遣されたとしよう。すでに見たように,中国では根深い回収問題がある。では,どうすればこの問題を突破できるだろうか。
 まず,理想的な姿を描いてみよう。
 回収面から見て有望な取引先をどんどん開拓していく。すでに取引している相手は製品を積極的に購入してくれる。そして支払いをきちっとしてくれる。簡単に言えば,これが理想だ。
 この理想的な姿を目指して果敢に挑戦し,成果を上げている企業が確かにある。そして,こうした企業で実際に中国の現場を担っている人たちは,ほぼ共通してつぎのように主張する。
 すなわち,回収と拡販の両立を図るノウハウは,なにも中国に特有のものではなく,これまでの日本国内における営業を通じて蓄積されている。むしろ問題は,そのノウハウをいかにして中国人営業マンに伝えるか,その方法のなかにある。
 この点を理解するには,営業という仕事を行うのは日本人ではなく,中国人営業マンであるという,あたりまえのことを再認識しなければならない。
 例を挙げよう。特に用事もなく,営業マンが顧客企業を訪ねて担当者とコミュニケーションしたり,小売店頭を巡回する。これは日本でよく見られるものである。しかし,特に営業実務に携わっている人であれば,「用事もなく」という一句には語弊があると考えるだろう。なぜなら,そういう日頃からのコミュニケーションを通じて製品情報を伝えたり,顧客の抱える問題を見つけてサポートしたり,経営状態や販売動向を把握したり,なにげなく債務履行の念を押したりしているからだ。このアクションの背後にはこうした重要な意味がある。
 つまり,販売や回収に必要な情報を集めたり,商機を見つけ出して機敏にアプローチをかける。取引先担当者と良好な関係を築く…というように,拡販と回収に必要な草の根の実務がそこで展開されているのである。そしてこのような大枠のなかに,さらに細かなノウハウがある。
 ところが,多くの中国人営業マンはそんな行動の意味や意義をなかなか理解できないのである。なぜ用事もないのに顧客を訪問しなければならないのか。それが拡販と回収の同時追求とどう関連しているのか…疑問を感じてしまう。
 「こんなイロハのイすらわかってないのか…」。日本企業から派遣された方たちが進出時に痛感したことだと思う。もちろん,いまでもそのように思っている方もいるだろう。
 どのようにして彼らの疑問を解き,意識や行動を変えることができるのか。
 この課題に積極果敢にチャレンジした日本人たちの行動には共通点がある。彼らは,単にオフィスのなかで現場の営業マンを文字通り管理しているだけではない。営業マンに随行して自ら流通業者やユーザーを訪問し,営業活動を実践している。
 なぜ,このような方法なのか。
 1つに,これは彼ら自身の情報収集活動という意味を持つ。現場で何が起こっているのか詳しくわからないのに,いったい何ができるというのか。まずは自分の目で見て耳で聞いて情報を収集しないと適切なマネジメントなどできないという理屈がある。
 2つめは,顧客訪問の大切さを自ら示すことである。顧客企業を頻繁に訪問し,コミュニケーションすることはいろいろな意味を持つ。そのことを伝えるために,営業マンに随行し,状況を共にして,その意味を指導する。
 このような理屈は,これまでの営業に関する研究でも,なぜ営業ノウハウの移転が難しいのか,その理由として指摘されていることでもある。それは,営業状況がひじょうにバラエティに富んでいるため,どのような状況でどのようなやり方が成功に結びつくのか一意的に規定するのが難しく,またそれをマニュアルのようなかたちで形式化することが難しいことによる。たとえ形式化しても,利用する人間にとって,それがどこまで役立つかに疑問符がついてしまい,せっかく手間暇かけたのに結局は使われずに放置されてしまう。
 現場から離れた会社のオフィスで,言葉で重要だといっても中国人営業マンは理解できないところがある。そこで彼らに随伴し,率先垂範する。実際の状況を共有し,それを踏まえて具体的に営業マンとしての目のつけどころや対応のあり方を逐一指導していく。商談を含めた顧客とのコミュニケーションの場で,そのあとに別の顧客のもとに向かう間に,そして会社に戻る道すがらで…。これが彼らに大きなインパクトを与えることができるという理屈がある。
 日本人が中国人と一緒に現場をまわり,そこで営業ノウハウを伝えていく。マネジャーとして,うえから目線で中国人営業マンに指導するのではなく,自ら範を示すことで行動の目的,意味,効果といったものを「見せる」。日本人の模範を見ることで,それを彼らの行動に取り入れ実践してもらうことを意図している。
 これを実践している企業では,それぞれ特有の呼び方を与えている。たとえば「草の根営業」「べたつき営業」などである。ここでは,状況を共有して伝えるべきノウハウを見せ,聞かせ,感じさせることを「触知的」オペレーションと呼ぶことにしたい。


なぜ「触知的」オペレーションができないのか

 こうして見ると,触知的オペレーションによる営業ノウハウの移転は,やはり「当然のこと」と思われるかもしれない。
 しかし,現場の日本人が日々どのように過ごしているか,その実態を見たとき,これは並大抵の作業ではないことがわかる。
 まず,こういう日本人指導者のマンパワーが数として不足している。これはモノづくりと比べるとわかりやすい。営業という仕事は,工場のような1つの事業所構内で行われるのではない。会社の外にいる数多くの取引先で実践される。もし日本人が各所各人に向けてこのような指導を行うなら,大変な数のマンパワーが必要になってしまう。言い換えれば,駐在費用をはじめとして,多大なコストがかかるのである。
 一方,少ない人数でこなすとしても,マネジャーとして派遣されることが多い日本人にはいろいろなタスクがあり,そういう役割にまでなかなか手が回らない。
 また,そういう教育の難しさだ。イロハの「イ」から始める。しかも,指導してもその「イ」がなかなか理解されない。これは人間として大変なストレスがたまる。重要性はわかっている,わかっていても中途で頓挫することも少なくない。だからこそ,貫徹できるところとできないところが出てくる。
 すると,こうした難しさがあるなかで,どうやって多くの営業マンを育てていくというのだろうか。
 こういう体制づくりに力を入れる企業は,最初に「シンパ」と呼べるような中国人の人材を創ってきた。伝えたいことをしっかりと理解し,実践してくれそうな人材に目をつけて,まずは少数を徹底的に鍛え上げるのだ。そうして鍛えられた人を格上げして指導役に割り当てていくのである。そのプロセスを繰り返していく。
 しかし,ここにも重大な関門があることを指摘したい。それは,日本人と状況を共にして学んできたノウハウを後進に伝える役割を期待しても,彼らがそのノウハウをほかの営業マンに伝えたがらないという問題である。これもまた,従来から営業の研究で指摘されてきたことである。
 実際,触知的オペレーションによって少数ながら有能な営業マンの育成に成功した企業も,後になってこの問題を強く意識することになった。
 この関門をクリアーするには,なによりもまずはマネジャーへの昇格を期待される中国人が意識をシフトさせる必要がある。「マネジャーとは,自らが学んだノウハウを後進に伝えることにその役割がある」。このことを植えつけねばならないのである。
 「俺がやったことをこんどはお前がやるんだぞ」。
 たとえ日本人をずっと見てきても,教えられることと,こんどはそれを他人に教えることの違い,難しさを彼らは知ることになる。日本人の役割は,こんどは教え方を教えるということになる。


「触知的」オペレーションの戦略的意味

 以上に見てきた触知的オペレーションは,回収と拡販の両立に向けて中国人営業マンを鍛える草の根的な方法論である。それは一見するとすぐれて地味なオペレーションに見える。
 だが,これはすぐれて戦略的な意味を持つことをことを強調したい。
 一言でいって,それは「中国市場戦略」というグランド・デザインを末端のオペレーション・レベルで一致させることにある。
 実はこれが多くの企業にとって難しいことなのである。
 すでに述べたように,中国人営業マンは日頃からの顧客訪問の意義をなかなか理解してくれなかった。また,拡大志向をとると,現場からは頻繁に次のような意見具申が出てくるという。曰く,「値段を下げればもっと売れるはずだ」。
 このように,日本人の考え方と中国人営業マンの考え方にギャップが出てくるところが少なくない。そんな状況を放置しておくと,いくら回収重視,利益重視のグランド・デザインを日本人がつくっても,どこからかオペレーションとの不一致が発生し,末端で広がっていくのである。それは局所的な「ガン」が全身に転移していくようなものである。家電業界をはじめとして発生した「恐怖のフロー」には,そういう背景もあった。
 だからこそ,事前の免疫療法として,日本人,そして彼らの指導を受けた中国人マネジャーたちが,営業マンたちに向けてねばり強く考え方やノウハウを身をもって伝えてきたのである。
 どのような絵を描こうとも,それを支えるオペレーションがなければ,まさに画餅になる。だが,後者がなくて綺麗な絵だけがあるというケースが少なくない。それは単なるバラ色の理想図であって,結局のところ優れた業績に結びついていることはない。時間が経つと戦略がブレ始めるのである。
 どのような絵を描こうとも,草の根的なオペレーションが必須課題であることを強く主張したい。そして,戦略とオペレーションの両輪が回ってはじめて実を結ぶようになる。この当たり前なことをあえて強調したい。
 製品自体に自信を持つ多くの企業が「商材は良いのに」とグチをこぼしている。しかし,中国というのは商材の良さだけで勝負できる市場ではない。カギとなるのが,触知的オペレーションという営業ノウハウ移転のための草の根的な活動である。このことを現場の日本人は「回収に王道なし」と表現する。
 このようなオペレーションを続けてきた企業からは,現場に降りた日本人が次のような信条を共通して持っていることが見える。それは触知的オペレーションの人間観とでもいうべきものだ。この点を最後に述べておこう。
 大きくは3つある。
 1つに,「知らない」,「わからない」からといって中国人営業マンを馬鹿にしないことである。誰だって最初は知らない,わからないことがある。であれば徹底的に教え込めば良い。繰り返し繰り返し同じことを教え込むねばり強さが必要だ。
 2つめに,中国人営業マンの方も,「教えてくれる」日本人に期待し,尊敬するということである。中国語がペラペラだから中国人営業マンは日本人を尊敬するのではない。自分にとってためになる,自分の力を高めてくれるなら,誰でも懸命に努力するという人間観がある。
 3つめに,そうして教え込むには,いったん教える自分が馬鹿になることが必要だという姿勢だ。わからない相手に教えるというのはひじょうに難しい。「なんでそんなことを聞くのか」と疑問に思うような問いかけが来る。だから,まるで自分が馬鹿になったつもりで,教える内容のことをゼロから考え直さねばならない。このことは,相手に教えるには,なによりもまずは自分がわかっていなければならないという考えを意味する。(終わり)