Webmaster's Research in the Past 中国市場戦略(1)     2014.6.10改訂終了

 

 以下のテキストは,大学院生に研究の進め方を教授する授業(「リサーチ・メソッド」)で使用しているものを改編したものです。より詳細なバージョン,研究方法としてまとめたバージョンをご希望の方は,ウェブマスター宛にお知らせ下さい。

 

大学院修士

 大学院に進学したときにテーマとしたのは,国際マーケティングでの「標準化・適応化問題」というものでした。すごく簡単に言えば,ある国とか地域で展開してきたマーケティング戦略を,ほかの国や地域でも展開できるか?これを探求するのが,この標準化・適応化問題です。
 「標準化」とは,実際にそれを展開するということで,「適応化」は現地に合わせてモディファイするということです。なんでこれが問題になるかというと,ざっくりとした言い方ですが,標準化できればスケールメリットが働くとか,なにかと効率的である。しかし無理に進めれば現地にフィットしない戦略になってしまうので,適応化が必要な場合もあるだろう―そんな事業活動の効率と市場への効果をどう実現していくかを考えないといけない。こんな国際ビジネスでの問題です。
 学部時代に,すでに国際マーケティングについての基本文献はある程度読んでいて,この分野が60年代くらいから出てきて,いまに至るまでこの問題が中心になっていることはわかっていました。なので,大学院では基礎固めの意味もあって,これを扱った研究を手当たり次第読みまくり,整理しようとしました。いわばレビューであり,60年代からいままで,具体的にどんなことが問題になってきたのか,それに対して誰がどんなことを明らかにしてきたのか,そのうえで今後の研究課題はどんなものなのか,そのあたりを整理して論文にしました。
 さて,わたしが所属していたゼミでは,修士1年目の夏休み明けに,レビューの経過報告ということで,とりあえず論文にして提出することが決まりになっていました。なので1年目の前期は,さっき言ったような研究の流れを整理したものをつくり,それを提出しました。そのとき指導教員からは,別のテーマでもう1本レビュー論文を書くように指示を受けました。
 そこでテーマにしたのは,すでに取り上げた標準化・適応化をめぐる「組織上の問題」でした。これは,標準化するか適応化するかを決めるのはいったい誰で,実際にそれを実行するのは誰なのか,ということを考えるものです。単純には,本国本社と現地子会社というプレイヤーが挙がってきます。そして,グルーバルな効率を考えて標準化の方に傾斜する本社と,現地への適応を重視する子会社との間で,いわば対立する関係が生まれるのではないか。これをどのように解決していけばいいのか,という課題に落ちていく。標準化と適応化をめぐる,戦略と組織の問題を,一対で考えていかねばならないと考えました。
 そこで,マーケティングだけではなくて,もう少し間口を拡げて組織論や国際経営論を対象に,関連する研究を片っ端から読み,同じようにまとめていきました。この作業で悟ったのは,グローバルをテーマに研究するときは,マーケティングであっても,そこには必ず組織論的な観点からの検討が必須となるだろうということでした。しかも,修士の段階ではレビューだけで終わったのですが,このことは後でテーマとなる,中国市場の研究で実践されることになりました。
 さらに,これは国際ビジネス研究を離れたいまでも,組織のことをふまえたマーケティングの研究として活かされています。こうして振り返ってみると,当時はもっと狭く捉えていた研究が,後々活きてくることが多々あり,若い時分の作業には無駄というものはないものだと痛感するエピソードでもありました。


大学院博士@ 「中国ビジネス」との邂逅

 大学院には修士課程と博士課程がありますが,わたしの研究テーマは2つの課程で異なるものとなりました。修士課程最後の春休みのことです。博士課程に上がる直前 ですが,指導教員と今後の研究について打ち合わせする機会がありました。
 そのとき,自分なりには「こんなことをしたいです」というテーマがありましたが,打ち合わせの中頃になって,まさに鶴の一声にて中国ビジネスの研究をやることに なってしまいました。しかも,そこで決まったのは,単に「中国をテーマにする」だけで,中国のなにをやるべきかについては話がありませんでした。
 とはいえ,なにかやらないと話が進まないということで,これまでの常道として,関連する研究をまたもやレビューしてみようと思いました。ではなにをレビューするか,ですが,その関連づけはすごく安直なのものでした。「中国はこれからって市場だ。ということは,日本企業もこれから新たに進出しようとしている,あるいは進出したばっかりなところが多いだろう」ということで,「海外市場参入」を扱った研究をレビューしてみよう思いました。この領域は手広く見たことはありませんでしたが,修士のときのレビュー 作業を通じて,どんなのがあるかはだいたい見当がついていたので,それを片っ端から読んでいきました。
 あと,並行して,ビジネスに関するものは少ないものの,中国経済についてはいろいろ本もあるだろうということで,まずは経済学部の「中国経済論」に潜り込んで聴講し,その担当の先生に事情を話して参考文献を紹介してもらい,読んでいきました。
 そうして海外市場参入研究をレビューしていくと,つぎのようなことがわかりました。それは,海外市場参入というのは,やり方というか,ビジネスのカタチを次第に変えていきながら,現地に深くコミットしていく「プロセス」なのだ,ということです。
 その典型的なパターンは,まず最初は輸出かライセンシングでビジネスをはじめることです。輸出と言っても,たとえば商社に委託してやってもらうような,あくまでもリスクの低いやり方です。そうして次第に現地に販路を構築し ていき,さらには販売会社を設けて自分で販売していくようなビジネスモデルにしていく。最後に現地に工場をつくって,現地で生産し,販売するという完結型のビジネスモデルにする 。このようなものです。これが,日本企業が過去に欧米市場へ進出していったプロセスです。
 実務の方からすれば,ごくあたりまえに見えると思います。しかし,ここで視点を中国に向けますと,中国ではこのようなコミットのパターンをとることができないというのが,カギにな ります。このあたりは最初からわかっていたことではなく,後になってだんだん見えてきたということです。
 それが見えるきっかけになったことがあります。それは,指導教員が中国ビジネスに関わるアルバイトを紹介してくれたことでした。
 大阪にあるマーケティング・サポート会社で,指導教員がアドバイザーをしていたのですが,この会社が,ちょうど日本企業向けに中国進出のサポート事業をはじめていました。ここでアルバイトをするようになりました。
 中国ビジネスの実務的な接点がここから生まれ,その後広がっていきました。最初の頃は,ちょうどこういう会社が中国でのマーケティングを展開しようということで, バイト先にFSを依頼していて,現地でユーザーのヒアリングや観察をしたり,集めたデータの集計・分析を手伝ったりするようになりました。大学院生なのに,やたらと中国に行って たものですから,大学院の悪友たちからは「いちいち帰ってこんと,向こうに住んだらどうなん?」などと言われておりました。

 

大学院博士A 「債権回収問題」との邂逅

 さて,そのようなアルバイトをすることで,すでに中国でビジネスを展開している先発的な会社の方々ともいろいろと話ができるわけですが,そこでわたしの中国研究でキーになる,「債権回収問題」と出会うことになりました。
 実務の方々と話すと,とにかくこの問題が話題になります。「とにかくお客が金を払わんのだ」というのです。しかも,客が金を払わない理由はいろいろあって,そこに中国特有の事情があるようでした。そのような問題(実務上の悩み)を伺っているうちに,債権回収というのは,中国市場参入のキーになっているようだ思えてきました。
 そのあたりを調べていくと,問題のエッセンスはこのようなものでした。
 債権回収問題とは,現地の流通業者やユーザー企業が,指定期日になっても代金を支払ってくれないことです。これは言い換えると,納品よりも決済が遅くなるような「信用取引」をするからこそ,生まれてくる問題に見えます。
 ならば一見すると解決方法は簡単です。
 お金を払ってくれたら納品する,キャッシュ・オン・デリバリーにしてしまえば,回収は確実です。ところが,ここに悩みがあります。こういうことをすると,こんどはお客が商品を買ってくれないとか,たくさん仕入れてくれない,つまり拡販が制約されるという副作用が出ることです。
 かくして,中国での債権回収問題とは,決済条件を媒介にして,回収と拡販との間にトレードオフが発生していることでした。
 そしてここから,販路や客先を広くとるか絞るか,決済条件を締めるか緩めるかという切り口を使って,回収問題のパターンや,日本企業の有り様を描くことができました。
 わたしが研究を始めた頃は,つぎのような動きが起きていたときでした。
 それは,最初は「それ20世紀最後の巨大市場,中国だ」と,勢いよく売りを拡げていたのですが,それによって未回収案件が噴出してしまった。こうして大やけどをしたところで,「決済条件を引き締めよう」ということで,こんどは売上の伸びがガタッと落ちた,そういう状況の企業が数多く出てきたときでした。
 あるいは,傍目でこういう情報を得たほかの企業は,回収リスクを恐れて最初から締めるパターンから始めるので,やはり売りが広がらない。だから,当時の彼らからすると,「中国市場は大チャンスのはずだったのに…」という感じだったようです。
 このあたりが見えてくるなかで強く感じたのは,これは国内にありがちな取引事故ではなく,中国ビジネスの構造的な中心問題であり,どうすれば良いのかを考えるというのが,マーケティング戦略に直結しているのではないか,ということでした。そして,その頃は情報はなかったのですが,同じような問題は,インドやロシアなどなど,いわゆる新興国市場と呼ばれるようなところでは必ず直面するのではないかということを,この頃にはなんとなく感じていました。
 

 

大学院博士B 「生販並行展開問題」 への展開


 このように,実務での問題について思いめぐらせながらも,これが研究としてどう落とし込むことができるのか,いわば研究のポジショニングを考えました。
 そこで,すでにやっていた海外市場参入理論のレビューを見直してみたところ,つぎのような考えに至りました。
 従来の研究は,海外市場への参入が「プロセス」をなしているという考え方だったわけですが,ではなぜプロセスになるのでしょう。それは,見知らぬマーケットでビジネスをやっていくため,最初は知識やノウハウもないし,チャネルもない。だから,最初から大きな投資をせず,低コミットのビジネス・モデルで入り,経験を重ねながらノウハウを蓄積し,チャネルを広げていく。そうしてしかるのちに現地の工場をつくる,つまり生産直接投資を行う…こうしてコミットを深めていくプロセスになります。
 ここで注目したのが,このチャネルの拡張というプロセスです。つまり,いきなり工場つくっても,チャネルというパイプが細ければ商品をさばけない。あたりまえだと思います。ところが,中国ではどうかというと,この論理がどうにも成り立たないようでした。
 まず,なによりも回収問題がある。そのリスクを回避しようとするなら,うかつにチャネルを広げることができない。であれば,ふつうはそのあたりの問題をクリアしてから現地生産にシフトするはずです。
 ですが,ここで「論理が成り立たない」というのは,中国にはそれを許さない事情があるということでした。
 まず,中国でモノを売るビジネスをするんだったら,直ちに現地生産をしなければならないことが,中国の制度として,いわば強制されていたことです。なので,これまでの段階的な参入の「プロセス」をとっていくことが,外国企業に許されていませんでした。
 ということで,中国市場参入では,現地での生産と販売を同時並行的に展開しないといけない。言い換えると,従来のプロセス的な参入理論にはまったく説明力も実践力もない。
 わたしは中国市場参入をめぐるこのような問題を「生販並行展開問題」と名づけました。これがわたしの研究のベース・コンセプトになりました。
 では,なぜ中国はそういう制度にしたのでしょうか。当時一番大きかったのは,外国の技術導入を促すことでした。いわゆる「ものづくり」の技術を中国は欲しがったことです。また,雇用の創出から見て,中国にとっては中国で生産してくれる方が,それに貢献します(ここは特に中国だけのことではありませんが)。
 しかし,中国には回収問題によってチャネルを広げるのが難しいという現実がありますから,企業としては生産を立ち上げても,モノをキチッとさばけるかどうか,そこに問題が出てくる。
 また,中国ビジネスを調べていると,いわゆるローカル・コンテンツ(現地調達)の問題と外貨収支の問題がリンクしてくることが見えてきました。
 現地で生産するとして,原材料をどこから調達するのか。この場合は中国国内で調達するのと,日本やほかの国からもってくるのと,大きく2つあります。しかし,多くの日本企業が困っていたのは,現地で調達しようにも,彼らの品質基準を満たす調達先が見つからないとか,ゼロベースで現地の企業を育成しようにも,それには時間がかかるということでした。だから,日本や第三国からそれらを輸入することになります。つまり,ローカル・コンテンツが低くならざるをえなかったのでした。
 ここでやっかいなのが,通貨の問題でした。当時の人民元は自由に外貨と交換できなかったので,現地生産に必要な原材料を中国の外から引っぱって来るとなると,代金として人民元以外の外貨が必要になります。では,その外貨を現地法人はどう調達するのか。国内販売では人民元しか入ってこないので,つくったモノは中国の外に輸出しなければなりません。その代金として外貨を受け取り,インプットの支払いに回すわけです。つまり,これでは現地生産を始めるといっても,国内販売ができない。当初のユニクロのように,中国を生産基地としてだけ捉えて進出している企業なら別に良いのですが,中国市場にビジネスチャンスを求める企業からすると,そもそも話が始まらないわけです。
 ということは,国内販売を積極的に進めていくには,外貨に頼らず,インプットもアウトプットも人民元で回す体制をつくらないといけません。それは,ローカル・コンテンツを高めることが必須になることを意味しています。
 総括すると,回収問題やローカル・コンテンツ問題,外貨収支問題,これらは総じて中国での販売拡大を制約する条件であり,従来の理論通りにコトを運ばせない問題であり,中国ならではの現実問題でした。
 これらをひっくるめて「生販並行展開問題」と位置づけました。

 

大学院博士C 定性・定量調査

 95年1月から3ヶ月間,上海に滞在して,日系企業向けのヒアリング調査をしました。
 このとき,特に力を入れたのは,家電業界の会社に,できるだけ多くヒアリングをすることでした。当時の中国というと,クルマはまだそんなに目立った業界ではなく,やはり家電業界がいちばん注目されていたからです。また,ほとんどの企業が出そろってビジネスをはじめていました。さらに,一口に家電といっても,なにをつくるかに応じて現地法人が違うということも特徴としてありました。つまり,それだけヒアリング対象を広くとれるということもポイントでした。しかも,回収問題で苦しんでいる会社があるということも。あらかじめわかっていました。そこで,まずはこの業界に絞って実態を見て比較してみようと思ったのでした。
 この調査では,簡単に言うと,@どのような流通チャネルで商品を売ってきた(売っている)のか,A回収問題に直面しているか,Bしているとしたら,なぜそのような問題が発生しているのか,Cそれに対してどういう対応をとっているのか…このあたりを見てみるということをしました。これは,回収問題のパターンを検証するという意味も持っていました。
 そして,結果として最初から3つについては,生々しい実態が見えてきました。ところが,このあたりで意識していたのは,「では,どうすれば良いのか」ということで,この点で言うと,家電業界の企業は,回収問題は抑えているものの,そのせいで売りが広がらない状態になっているというパターンばかりでした。
 ほんとうのところ,いちばん知りたっかのは,回収と拡販を両立させるための方法だったのですが,家電業界の調査からはそれが見えてきませんでした。

 こういう作業をしながらも,全体像を知りたいと思っていました。なんの全体像かというと,@自分の問題設定は妥当かどうか,つまり自分の考えた生販並行展開問題が成立しているのか,A現状でどういう対応をとっているのか,そしてB日本企業のどれだけがうまくいっているのか,です。
 全体を知りたいということは,ひと言で言えば妥当性を検証したいということです。見方を変えると,それがないと,他人に対する説得力が薄い。ですが,このようなことを意識すれば,それは事例研究の積み重ねではとてもカバーできない。そこで,ふつうですと日本企業向けのアンケート調査をして,データを集めようということになります。
 とはいえ,当時の自分には,サーベイ調査による分析に懐疑的な見方もありました。
 話を聞いていると,どこもうまくいっていないのです。もっと言えば,回収できずにガタガタになっているか,回収はできているものの商いが広がっていないか,どちらかであって,回収と拡販を両立させているケースには,なかなかお目にかかれないのです。
 もしそういう企業ばかりだとすると,サーベイ調査による分析から「どうやったらうまくいくのか」を明らかにすることはできるのでしょうか。悪い言い方をすれば,ダメなケースをいくら見ても,処方箋は見つからないのではないか。であれば,なんとかしてうまくいっている企業を見つけ,そのケース・スタディをすることが道なのだと,このように思っていました。
 とはいえ,どうすればそんな企業を見つけることができるのか,これについてメドがついていたわけでもありません。そこで思いついたのが,逆にサーベイ調査によって,そういう企業を1つでも多く見つけ出そうということでした。
 こうして,アンケート項目をつくり,宛先を定め,コツコツと手作業を進めていきました。
 結果的にですが,たかが大学院生の調査なのに,通常10%くらいと言われているサーベイも,このときは40%の回収率となりました。自分でも意外だったのですが,なぜだろうと考えてみると,1つは当時,回収問題のような中国での販売をめぐる問題にアプローチするサーベイが少なかったからではないか,ということ,あと「回答してくれた方には,後ほど必ず調査結果をレポートとしてお送りいたします」というアフターケアをしたからかもしれません。

 さて,そうして集めたデータを統計的に分析することで,生販並行展開問題を検証したり,この問題に対する日本企業の対応のありようを整理しました。また,特に債権回収問題に焦点を合わせて,どういう対応をとっているのか,それが拡販と回収の成果にどう結びついているのかを分析しました。
 とはいえ,自分のなかにはなんとなくパンチにかけるものがありました。それは,「統計的に何%の水準で云々」というようなことではなく,もっとインパクトのあるかたちで,「拡販も回収も同時にうまくいっている会社は,こんなことをしている」という点を打ち出したかったのです。一方で,予想とおり,アンケートの結果を見ると,そもそも回収と拡販の両方で自己評価の高い企業の数は少数でした。
 そこで,アンケートの結果を使って,拡販と回収両方を高く自己評価している会社を取り出したのでした。そこに入っていたのが,資生堂やアマダ,コマツ,TOTO,ダイキンといった,後に「中国勝ち組」と言われる日本企業でした。
 ということで,こういう企業に体当たりして,いったいなにをやってきたのか・いるのかを調べていく,つまりケーススタディに戻ったのでした。そのうえで得た情報をベースに,アンケート調査のデータを再解釈していきました。